1. 気づけば、今日も「すみません」と言っていた
夕方。
カフェの席で、カシコは小さくため息をついた。
さっきの自分のことを、思い返している。
注文を取りに来た店員さんと、タイミングがかぶった。
ぶつかってもいないのに、口から出たのは――
そういえば、今日は何回これを言っただろう。
道で人とすれ違うとき。
質問をするとき。
相手が間違えたときですら、なぜか自分が。
私、一日に何回謝ってるんだろ
なんか、何かあると、
“私が悪いのかな”って、先に思っちゃうんだよね
相手がちょっと困った顔をすると、
私が何かしちゃったのかなって、
すぐ不安になっちゃうんだ
その場の空気が、悪くならない気がして
そのとき、テーブルの上に、
小さな球体がころんと現れた。
まわりのものを、ぺたぺたと自分にくっつけて、
少しずつ、重たそうにふくらんでいく。
(ナゾタマが、「また私が悪いのかな」と、何でも抱えこんでいる)
ずいぶん、いろいろ抱えこんでるナゾタマだねぇ
ミルクポットの横に、ちょこんとワイズがいた。
私さ、つい謝りすぎちゃうんだよね。
“すみません”が、口癖になってて
じゃあ、その”すみません”の中身、
ちょっと一緒に、のぞいてみようか
2. 「謝れること」は、責めなくていい
すぐ謝れるのって、
ほんとは、すごくいいことなんだよ
でも、謝りすぎって、
自信なさそうに見えるし……
でもさ、考えてみて。
謝れる人って、
“相手の気持ちを考えられる人”でしょ
“自分のせいで、相手が嫌な思いをしてないかな”
って、ちゃんと想像できる
誰にでも、できることじゃないよ
謝れること自体は、
悪いことじゃないんだ
だからね、これから話すのは、
“謝るのをやめよう”って話じゃない
ただ、”向ける先”を、
ちょっとだけ整理する話なんだ
- すぐ謝れるのは、相手の気持ちを想像できる優しさ。やめる必要はない。
3. 何でも自分のせいにしなくて、いい
カシコの”すみません”はね、
たぶん、二種類まざってるんだ
“本当に自分に非があるとき”の、すみません。
これは、ちゃんと意味のある謝罪
“べつに悪くないのに、反射で出ちゃう”
すみません
さっきの、ぶつかってもないのに、
“すみません”って言ったやつ
その反射のほうがね、
“何でも自分のせいにするクセ”に
つながってることがあるんだ
“自分が悪い”って思ってるというより、
“先に謝って、場を丸くしたい”って、
気持ちのことも多いんだよ
たしかに、悪いと思ってるっていうより、
空気を壊したくなくて、
先に頭を下げてる感じかも
それってね、
自分をちょっと小さくして、
その場を守ろうとしてるんだ
何かうまくいかないと、
“私が悪かったのかな”って、
まず自分のカゴに入れちゃう
カシコは、テーブルの上のナゾタマを見た。
まわりのものを、何でもかんでも、
自分にくっつけて、重たくなっている。
世の中のことって、
カシコ一人のせいで起きてるわけじゃない
いろんなものが、まざってる
そりゃ、重たくなっちゃうよ
気づいたら、何でも背負ってたかも

4. その「すみません」、本当は「ありがとう」かも
どうすればいいの?
じつはね、ちょっとした
“見方の変え方”があるんだ
一回だけ、考えてみる。
“これ、ありがとうじゃない?”って
たとえばさ
📌 こんな場面で、言い換えられる。
“すみません” → “ありがとうございます”
“すみません、お待たせして” → “待っててくれて、ありがとう”
“すみません” → “助かりました、ありがとう”
ほんとだ。
“すみません”って言ってた場面、
けっこう、”ありがとう”でいけるんだ

“すみません”が必要な場面も、もちろんある。
でもね、感謝で返せる場面まで謝罪にすると、
カシコが少しずつ、自分を小さくしちゃうんだ
相手のしてくれたことに、
そっと光を当てる言葉。
同じ場面でも、お互い、ちょっとあったかいんだ
謝られるより、感謝されたほうが、
うれしいかもね
だから、これはね、
自分のためでもあり、相手のためでもある
📝 「すみません」を「ありがとう」に言い換える
- 席をゆずってもらったとき:「すみません」→「ありがとうございます」
- 待たせちゃったかな、ってとき:「すみません、お待たせして」→「待っててくれて、ありがとう」
- 助けてもらったとき:「すみません」→「助かりました、ありがとう」
5. 自分を小さくしなくても、優しさは届く
カシコは、テーブルの上のナゾタマに、そっと目をやった。
何でも抱えこんで、重たくなっていた球体が、
くっつけていたものを、ひとつ、またひとつと、
静かに手放しはじめている。
ずっと、謝りすぎる自分が、
ダメだと思ってたんだ
謝りたかったというより……
自分をちょっと小さくして、
場を丸くしようとしてたのかも
でもね、カシコが小さくならなくても、
優しさは、ちゃんと届けられるんだよ
謝らなくても、”ありがとう”で、
相手を大事にできるんだね
自分を下げなくても、いいんだ
そう言われて、カシコは、ふっと肩の力が抜けた。
ずっと、頭を下げていないと、
その場にいちゃいけない気がしていた。
(ナゾタマは、消えてはいない。
でも、抱えこんだものを手放して、
ずいぶん軽く、ふわりと浮かんでいた)
ここまで読んでくださった、あなたへ。
「気づけば、いつも”すみません”と言っている」
「何かあると、まず”自分が悪いのかな”と思ってしまう」
そんなふうに、つい謝りすぎてしまうカシコの姿に、
心当たりがあった方も、いるかもしれません。
でも、大丈夫。
謝りすぎてしまうのは、あなたが弱いからではありません。
- すぐ謝れるのは、相手の気持ちを想像できる優しさ
- 何でも自分のせいにして、自分を小さくしてまで場を守らなくていい
- 「ありがとう」は、相手を大事にしながら、自分を責めすぎない言葉
謝れる優しさは、そのままでいいんです。
できるのは、ほんの小さなことだけ。
- 1「すみません」と言いそうになったら、一度だけ「これ、ありがとうじゃない?」と考える
- 2「先に謝って場を守ろうとしてないかな」と、自分の気持ちをのぞいてみる
- 3本当に自分に非があるときだけ、ちゃんと謝る。それ以外は、感謝で返してみる
つい謝りすぎてしまうのは、あなたが人を思いやれる証拠です。
自分を小さくしなくても、「ありがとう」で、優しさはちゃんと届けられます。
あなたのナゾタマも、無理に消さなくていい。
抱えこんだものを、ひとつずつ手放していけたら、それで十分です。
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