『自分って何者?』と、ふと立ち止まってしまった夜

静かに座るカシコの周りに、やわらかな光るはてなマークと光の粒が浮かんでいる。物思いにふけるような表情で、そばにワイズが そっと寄り添っている。ラベンダーと水色のパステルイラスト。 思考・マインドセット

『自分って何者?』と、ふと立ち止まってしまった夜

夜。
仕事を終えて部屋に戻ったカシコは、ベッドに腰を下ろしたまま、しばらくスマホを眺めていた。
画面には、特に見るあてのないタイムラインが流れていく。

「〇〇な人」「△△をしている人」
そんな自己紹介の言葉が、目に入っては消えていく。

カシコ:「……みんな、ちゃんと”何者か”を持ってる気がするな」

独り言のようにつぶやいて、スマホを伏せる。
天井を見上げながら、さっきから同じ考えが頭の中をぐるぐる回っていた。

カシコ:「私って……何者なんだろ」

声に出してみると、思った以上に重たい言葉だった。
答えが出ないのは分かっているのに、つい考えてしまう。

カシコ:「得意なことがあるわけでもないし、
『これが私です』って言えるものもなくて……」

焦っている、というほどではない。
でも、置いていかれているような感覚が、じわじわと胸の奥に広がっていく。

カシコ:「このままじゃダメなのかな。
ちゃんとした答えを持ってないといけないのかな……」

そのとき、足元に、もやっとした黒い影のようなものが現れる。
形は曖昧なのに、存在感だけははっきりしている。

(ナゾタマが、静かにうずくまっている)

ワイズ:「ずいぶん、重たい顔してるね」

いつの間にか、机の上にワイズが立っていた。

カシコ:「あ、ワイズ……
なんかさ、最近よく考えちゃうんだよね。
“自分って何者なんだろう”って」

ワイズ:「うん。
考え始めると、止まらなくなるやつだ」

カシコ:「そう。
答えが出ないって分かってるのに、
出さなきゃいけない気がして……」

カシコはナゾタマに視線を落とす。
それは暴れるわけでもなく、ただそこに居座っていた。

ワイズ:「そのナゾタマ、
『何者かにならなきゃ』って言ってない?」

カシコ:「……言ってる気がする」

ワイズ:「大丈夫。
今日はそれを無理に消さなくていい」

カシコ:「え?」

ワイズ:「まずは、
どうしてその問いがこんなに苦しくなるのか、
そこから一緒に見てみよう」

「”自分は何者か”という問いが、苦しくなる理由」

カシコは、少し考え込むように視線を落とした。
たしかに、答えを出そうとするたびに、
胸の奥がぎゅっと縮む感じがしていた。

考えてみれば、不思議だ。
この問いはずっと前からあったはずなのに、
最近になって、急に重たくなった気がする。

カシコ:「ねえ、
自分は何者かって考えるのって、
変なことなのかな?」

ナゾタマを見つめながら、カシコはぽつりと言った。
むしろ、大事なことのような気もしている。
将来のことを考えるなら、避けて通れない問いにも思えた。

ワイズ:「変じゃないよ。
むしろ、多くの人が一度は立ち止まるところだと思う」

カシコ:「だよね……
なのに、考えれば考えるほど、
なんだか苦しくなってくるんだよね」

言葉にしようとするたび、
頭の中が空っぽになっていくような感覚。
答えが見つからない自分だけが、
取り残されている気がしてくる。

ワイズ:「それはね、
問いそのものが悪いんじゃないんだ」

ワイズ:「”自分は何者か”って問い、
いつの間にか”完成形を答えろ”って意味に
すり替わってないかな」

カシコ:「え?」

カシコは少し考えてから、ゆっくりうなずいた。

カシコ:「……たしかに。
私はこういう人ですって、
ちゃんと説明できなきゃいけない気がしてた」

ワイズ:「そう。
しかもその答えは、
できるだけ分かりやすくて、
できるだけ立派で、
できるだけブレてないものじゃないといけない、ってね」

カシコ:「……それ、結構ハードル高いね」

ワイズ:「高いよ。
だってそれ、”今の自分”に
“人生の答え”を出させようとしてるから」

少し沈黙が流れる。
ナゾタマは相変わらず足元にいるが、
暴れる様子はない。

ワイズ:「自分は何者かって問いが苦しくなるのは、
自分がダメだからじゃない」

ワイズ:「問いが、
“まだ途中の人”に向いていない形になってるだけなんだ」

カシコ:「……途中、か」

ワイズ:「うん。
本来は、歩きながら形が変わっていくはずの問いなのに、
立ち止まって、
“今ここで決めろ”って迫られるから、
息が詰まる」

カシコは、もう一度ナゾタマを見た。
それは「早く答えを出せ」と急かすようでいて、
同時に、答えが出ないことを責めているようにも見えた。

カシコ:「じゃあさ……
この問いって、どう扱えばいいんだろ」

ワイズ:「それを考える前に、
一つ、知っておいてほしい話がある」

「自分を答えにしなかった人の選択」

ワイズ:「さっきの問いに答える前に、
少しだけ、別の角度から話してみたいんだ」

カシコは、うなずいて続きを待った。

ワイズ:「自分は何者かを、
はっきりした言葉で説明しないまま、
ものづくりを続けた人がいる」

カシコ:「説明しないまま?」

ワイズ:「うん。
正確に言うとね、
何も言わなかったわけじゃない」

ワイズは、ゆっくりと話を続ける。

ワイズ:「”これが答えです”
“この作品の意味はこれです”
そうやって、
一つの言葉に回収することを、
意識的に避けていた人なんだ」

カシコ:「それって……」

ワイズ:「宮崎駿さんのこと」

カシコは少し驚いたように目を瞬かせた。

カシコ:「でも、宮崎駿さんって、
インタビューでは結構いろんなこと話してるよね?」

ワイズ:「そう。
世界のこと、人間のこと、
自分の違和感や不安も、ちゃんと語ってる」

ワイズ:「ただね、
“この映画は、こういうメッセージです”
とは、言わない」

ワイズは、静かに言葉を置く。

ワイズ:「”メッセージを伝えるために映画を作るんじゃない”
そうはっきり言ってる人だから」

カシコは、少し考え込む。

カシコ:「じゃあ……
何も考えずに作ってるわけでもない、ってこと?」

ワイズ:「もちろん違う。
むしろ逆だよ」

ワイズ:「作っている途中で、
問いやテーマが、
どんどんはっきりしてくるタイプ」

ワイズ:「でもそれを、
“分かりやすい教訓”や
“善か悪か”みたいな形にして、
観る人に渡そうとはしない」

カシコ:「……考える余地を残してる、ってことか」

ワイズ:「そう。
受け取る側が、
自分の経験や気持ちを重ねて、
それぞれに考える余地をね」

カシコは、足元のナゾタマを見た。
さっきよりも、輪郭がぼんやりしている。

カシコ:「答えを言わないって、
逃げてるわけじゃないんだね」

ワイズ:「うん。
単純な答えにしてしまわない
っていう、かなり強い選択だと思う」

ワイズ:「自分の考えや違和感は持っている。
でも、それを
“これが正解です”とは渡さない」

ワイズ:「その姿勢が、
結果的に、
長く受け取られ続ける作品を生んだんだ」

「意味を決めないという生き方」

しばらく、部屋に静かな時間が流れた。
カシコは、さっきから頭の中で
同じ言葉を何度も転がしている。

——答えとして語らない。
——単純な言葉にしない。

カシコ:「……なんかさ、
“意味を決めない”って聞くと、
ちょっと不安になるね」

ワイズ:「どうして?」

カシコ:「決めなかったら、
自分が何者なのか、
ずっと分からないままな気がして」

カシコは、足元のナゾタマをちらりと見た。
それはまだそこにいる。
でも、前よりも重たい感じはしなかった。

ワイズ:「うん。
そう感じるのは自然だと思う」

ワイズ:「意味を決めないって、
投げ出すことでも、
何も考えないことでもないからね」

カシコ:「……じゃあ、どういうこと?」

ワイズ:「”今の言葉で、無理に固定しない”
っていうだけ」

ワイズは、ゆっくりと言葉を続ける。

ワイズ:「人はつい、
“私はこういう人です”
“私はこうありたいです”
って、一文でまとめたくなる」

ワイズ:「でも、
その一文が先に決まってしまうと、
そこからはみ出る感情や経験を、
自分で切り捨ててしまうこともある」

カシコは、思い当たる節があるように、
小さく息を吐いた。

カシコ:「たしかに……
こういう人間だからって理由で、
諦めたこと、結構あるかも」

ワイズ:「意味を決めないっていうのは、
そういう可能性を、
すぐに閉じないってことなんだ」

ワイズ:「今は言葉にできない。
でも、続いている。
やめていない。
気になり続けている」

ワイズ:「それだけで、
十分”何か”はもう始まってる」

カシコは、少し考えてから、
ぽつりと口を開いた。

カシコ:「……じゃあさ、
“自分って何者?”って問いに、
今は答えがなくてもいいのかな」

ワイズ:「うん。
むしろ、その問いを
急いで答えにしない時間が、
必要なときもある」

ワイズ:「意味は、
あとから輪郭が見えてくることもあるし、
途中で、何度も形が変わるものだから」

ナゾタマは、消えてはいない。
でも、
答えを急かす存在というより、
静かにそこに置かれた
未完成の問いのように見えた。

カシコ:「……なんか、
分からないままでもいいって思えたら、
少し楽かも」

ワイズ:「それでいい。
今日は、
そのくらいで十分だよ」

「問いを変えると、見えるものが変わる」

しばらく黙っていたカシコが、
ゆっくりと顔を上げた。

カシコ:「ねえワイズ……
もしかして、”自分って何者?”って問い自体が、
ちょっと重すぎたのかな」

ワイズ:「いいところに気づいたね」

カシコ:「だってさ、
その問いって、
一つの答えを出さなきゃいけない感じがするんだよね」

ワイズ:「うん。
しかもその答えは、
分かりやすくて、ブレてなくて、
人に説明できるもの
であることを、
暗黙に求められてる」

カシコは、苦笑いを浮かべた。

カシコ:「それは……
しんどいね」

ワイズ:「だからね、
問いを少しだけ持ち替えるといい」

カシコ:「持ち替える?」

ワイズ:「”自分は何者か”を、
今すぐ決めようとしない代わりに、
こんな問いを置いてみる」

ワイズは、指を折りながら続けた。

ワイズ:「たとえば——」

ワイズ:「最近、なんとなく気になっていることは何か」
ワイズ:「やめようと思ったのに、続いていることは何か」
ワイズ:「説明できないけど、引っかかっている感覚は何か」

カシコは、一つひとつを
自分の中でなぞるように考えている。

カシコ:「……全部、
答えがはっきりしなくてもいい問いだね」

ワイズ:「そう。
今の自分に分かる範囲で持てる問いなんだ」

ワイズ:「それにね、
こういう問いは、
正解を出すためのものじゃない」

ワイズ:「”自分の輪郭が、どこにありそうか”を、
少しずつ確かめるためのもの」

カシコは、足元のナゾタマを見た。

カシコ:「……なんか、
“何者か”を決めるより、
“どんな方向を向いてるか”を見る感じだね」

ワイズ:「いい言い方だね」

ワイズ:「”自分って何者?”は、
ゴールを決める問いだけど、
今はまだ、
道を歩いてる途中かもしれない」

ワイズ:「だったら、
“どこへ向かってるか”
“何に引っかかってるか”
を見る問いの方が、
今の自分には合ってることもある」

カシコは、小さくうなずいた。

カシコ:「それなら……
今すぐ答えが出なくても、
置いておける気がする」

ワイズ:「うん。
問いは、
急いで片づけなくていい」

ワイズ:「ちゃんと、
育てるものだから」

「答えが出ていない今も、ちゃんと途中にある」

部屋の空気が、少しだけ軽くなった気がした。
カシコは、もう一度足元に目をやる。

そこには、
最初に現れたときのような
重くて黒いナゾタマはなかった。

完全に消えたわけじゃない。
ただ、形がはっきりしなくなって、
急かすような気配も薄れている。

カシコ:「……なんかさ、
分からないままでもいいって思えたら、
ちょっと安心した」

ワイズ:「それはね、
問いが変わったからだと思う」

カシコ:「問いが?」

ワイズ:「うん。
「今すぐ答えを出せ」って問いから、
「しばらく持っていてもいい問い」にね」

カシコは、ゆっくりとうなずいた。

カシコ:「前は、
答えが出ないこと自体が不安だったけど……」

カシコ:「今は、
“まだ言葉になってないだけ”
って思えるかも」

ワイズ:「それで十分だよ」

ワイズ:「”自分って何者?”って問いは、
一度きりで終わるものじゃない」

ワイズ:「生きてる間に、
何度も形を変えて、
何度も戻ってくる」

ワイズ:「そのたびに、
少しずつ違う答えの影が見えるだけ」

カシコは、少し考えてから、
小さく笑った。

カシコ:「じゃあさ、
今は何者か分からない自分も、
ちゃんと途中なんだね」

ワイズ:「うん。
途中にいるってことは、
止まってないってことだからね」

ナゾタマは、
もう不安をぶつけてくる存在には見えなかった。
それはただ、
カシコの足元に置かれた
“まだ名前のついていない問い”だった。

ワイズ:「今日は、
答えを出さなくていい」

ワイズ:「でも、
問いを雑に扱わなかった」

ワイズ:「それだけで、
もう十分前に進んでるよ」

カシコは、
深く息を吸って、ゆっくり吐いた。

カシコ:「……うん。
この問い、
もう少し一緒に持ってみる」

ワイズは、何も言わずにうなずいた。

自分って何者?という問いの、置き方について

「自分って何者?」と考えてしまうとき、
多くの場合、私たちは無意識のうちに今の自分に、完成した答えを求めてしまいます。

だから苦しくなる。
だから言葉が出てこない。
だから、自分だけが遅れているような気がする。

でもこの記事では、
その前提を一度、ゆっくり外してみました。

  • 答えは、今すぐ出さなくてもいい
  • 自分を単純な言葉に回収しなくてもいい
  • 分からないまま続いているものにも、意味はある

「何者かを決められない自分」は、
未完成なのではなく、
まだ途中にいるだけなのかもしれない。

この記事は、
その可能性をそっと置いていくためのものです。

問いは、
無理に片づけなくてもいい。

でも、
雑に扱わないで、そばに置いておくことはできる。

この記事が、
あなたにとって
そのための小さな置き場所になっていたら、
それで十分だと思います。


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