1. 「どうせ私なんて」と、つぶやいてしまう夜
夜。
歯みがきを終えたカシコは、洗面所の鏡を、なんとなく見つめていた。
今日は、うまくいかないことが続いた一日だった。
小さなミスをして、うまく話せなくて、
人と比べては、ため息をついて。
ほんと、私ってダメだなぁ
鏡の中の自分と、目が合う。
そして、いつもの言葉が、するっと出てくる。
もっと楽なんだろうな
口に出してみて、余計に気持ちが沈んだ。
自分を好きになろうとするほど、
好きになれない自分が、くっきり見えてしまう。
『好きになれない私はダメだ』って、
もう一回、自分を責めてる気がする
そのとき、足元のあたりに、
灰色がかった、しぼんだ球体が、うずくまっていた。
重たそうに沈んで、ときどき、小さな声でつぶやいている。
(ナゾタマが、「どうせ……」と、小さくくり返している)
ずいぶん、しょんぼりしたナゾタマだねぇ
洗面台のふちに、ちょこんとワイズがとまっていた。
私さ、自分のこと、ぜんぜん好きになれないんだよね
『好きにならなきゃ』って、思ってる感じだ
自分のこと好きでしょ?
私は、その真逆だから……
じゃあさ、その『好きにならなきゃ』を、
ちょっと一緒に、ほどいてみようか
2. 「好きにならなきゃ」が、苦しさを増やしている
自己肯定感って、
自分を好きな気持ちのことだと思ってる?
自分大好き!みたいな、
そういうことだと思ってた
でもね、それだと、
ちょっとハードルが高すぎるんだよ
うまくいかない日に、
『さあ、自分を好きになろう!』
って、できる?
むしろ、好きになれない自分に、
もっとがっかりしそう
好きにならなきゃって思うほど、
好きになれてない自分を、
見つけちゃうんだ
だから、考えれば考えるほど、
落ち込んでたのか
それはね、カシコがダメなんじゃなくて、
目指してる場所が、ちょっと遠すぎただけ
カシコは、足元のしぼんだナゾタマを見た。
「好きにならなきゃ」と頑張るたびに、
かえって重くなっていた気がする。
- 「自分を好きにならなきゃ」と思うほど、「好きになれない自分」が目について苦しくなる。
3. 自己肯定感は、「好き」じゃなくて「置いておける」こと
ほんとは何なの?
僕はね、
嫌いな自分とも、一緒にいられること
だと思ってるんだ
無理に好きにならなくていい。
『こういうとこ、ちょっと嫌だな』
って思う自分も、
『まあ、いるよね』って、置いておける
好きにも、嫌いにも、しなくていいんだ
天気みたいなものでね。
晴れの日も、雨の日もある
傘をさして歩くみたいに、
『今日は自分を好きになれない日だな』って、
そのまま過ごしてもいいんだ
『なんで晴れないの!』って怒っても、
仕方ないもんね
自己肯定感って、
いつも晴れてる心のことじゃない
『まあ、これも私か』って、
置いておけるスペースのことなんだ
4. 「どうせ私なんて」は、あなたの全部じゃない
『どうせ私なんて』って、
気づいたら勝手に出てくるんだよ
その声のことなんだけどね、
ひとつ、大事なことを言ってもいい?
カシコの中にある声のひとつではあるけど、
カシコの全部じゃないんだ
その声が聞こえるからって、
カシコ全部がダメ、ってことにはならない
自動で再生されるようになった、
古いセリフみたいなものでね
『私はダメだ』って言ってる声と、
私そのものは、ちょっと別ってこと?
まさにそこなんだ
自分そのものを、
少しだけ、分けて見てみる
📌 たとえば、こんなふうに。
『あ、また例の声が来たな』
って、声のほうに名前をつけてあげる
そうすると、
その声と自分の間に、
ちょっとだけ、すき間ができる
『私はダメだ、って声が聞こえてる』
ね、ちょっと違うでしょ
後のほうが、
自分と声の間に、
ちょっとだけ、すき間ができる感じ
声は、消さなくていい。
『あ、また来た』って、気づくだけでね

5. できなかったことより、できたことを小さく拾う
やっぱり、自信はないままだよ
だからね、最後に、
小さな習慣をひとつ
今日できたことを、
ひとつだけ、拾ってみる
そんな、立派なこと、何もないよ
むしろ、小さいほどいい
『嫌な仕事を、ひとつ終わらせた』
『疲れてるのに、歯をみがいた』
それで十分
カシコはね、できなかったことを数えるのは、
すごく得意なんだ
ダメだったことは、いくらでも出てくる
だから、反対の練習をするだけ。
できたことを拾うクセを、
少しずつ、つけていく
気合いで上げるものじゃない。
小さな『できた』を拾う、
扱い方の習慣なんだ
扱い方なんだね
6. 好きになれない日の自分も、ちゃんとここにいていい
カシコは、もう一度、鏡を見た。
うまくいかないことばかりの一日だったのは、変わらない。
「どうせ私なんて」の声も、まだ、どこかにいる。
でも、さっきまでとは、
ほんの少しだけ、見え方が違っていた。
それでも、ちゃんと一日、過ごせたな
今日の私を、なかったことにはしなくていいんだ
ぽつりとそう言って、
カシコは、足元に目をやった。
ナゾタマは、まだ、しぼんだままだった。
でも、もう、うずくまってはいなかった。
ただ、カシコのそばで、静かに揺れている。
(ナゾタマは、消えてもいないし、
無理に膨らんでもいない。ただ、そこにいた)
無理に元気にしなくてもいいんだよ。
まずは、しぼんだまま、
そばに置いてあげるだけでいい
好きになれない日の私も、
ここに置いといて、いいんだね
それだけで、十分なんだ

ここまで読んでくださった、あなたへ。
「自分のことが、どうしても好きになれない」
「『どうせ私なんて』が、口グセになっている」
そんなふうに、自分を責めていたカシコの姿に、
心当たりがあった方も、いるかもしれません。
でも、大丈夫。
自分を好きになれないのは、あなたに価値がないからではありません。
- 好きになれなくてもいい。嫌いな自分も、置いておければ十分
- 「どうせ私なんて」は、あなたの中の声のひとつ。あなたの全部じゃない
- 自己肯定感は、小さな「できた」を拾う習慣で育てていける
できるのは、ほんの小さなことだけ。
- 1「どうせ私なんて」が聞こえたら、「あ、また例の声が来たな」と気づくだけでいい
- 2一日の終わりに、「今日できたこと」を、小さくひとつだけ拾ってみる
- 3好きになれない日は、「今日は雨の日か」と、そのまま過ごしてあげる
自己肯定感とは、自分を好きになることではなく、どんな自分も、そばに置いておけることです。
あなたのナゾタマも、無理に消さなくていい。
うずくまった自分も、ちゃんとここにいていいんです。
📌 この記事を読んだあなたへ
- 「ちゃんとしなきゃ」と自分を演じるのが苦しい「演じる自分が苦しい」と感じたときの心の整え方
- 「自分が好きになれない」の奥にある、自分が分からない感覚を整理したい自分って何者?と迷ったときの問いかけ

