1. 「ちゃんと食べてるの?」に、イラッとした夜
夜、9時すぎ。
夕飯の洗い物を終えたころ、スマホが鳴った。
画面には「お母さん」の文字。
ちゃんと食べてるの? また夜ふかししてるんじゃないの
今度おうち建てるんですって。カシコはその後どうなの――
通話を切って、カシコはスマホをテーブルに置いた。
部屋が、急に静かになる。
また、あんな言い方しちゃった
心配してくれてるのは、分かってる。
悪気がないのも、分かってる。
なのに、声を聞くと、なぜかイライラしてしまう。
切ったあとに罪悪感で落ち込む……。
私、親不孝なのかな
そのとき、テーブルの上のスマホの横に、
ふわり、と球体が浮かんだ。
温かいオレンジ色と、重たい灰色。
ふたつの色が、マーブル模様みたいに
ぐるぐると混ざり合って、分けられない。
(ナゾタマが、渦を巻くように、ゆっくり回っている)
ずいぶん、複雑な色のナゾタマだねぇ
カーテンレールの上に、ワイズがとまっていた。
私、親との距離感が分からないの。
近づくとイライラするのに、
冷たくすると、すごく罪悪感がある
温かいのと重たいのが、混ざってるんだね。
ちょうど、そのナゾタマみたいに
2. イライラと罪悪感が、セットでやってくる理由
親にイライラするのって、やっぱり冷たいのかな。
高校生じゃあるまいし、いい大人なのに
もし相手が、どうでもいい人だったら、
電話を切ったあとに、罪悪感って残る?
……残らない、と思う。
イラッとして、それで終わり
罪悪感がセットで付いてくるのは、
カシコにとって、どうでもいい相手じゃないからなんだ
気持ちがないからじゃなくて、
あるからなんだよ。
本当に冷たい人は、距離感に悩まない
なんでこんなにイライラするの?
心配してくれてるだけなのに
お母さんの中の地図が、古いままだからだよ
お母さんの中のカシコはね、
まだ、夜ふかしすると体を壊しちゃう、
ごはんを抜いちゃう、子どものカシコなんだ。
その地図のまま、心配してる
自分の生活を、自分で運転してる。
だから『ちゃんと食べてるの?』が、
心配じゃなくて、ダメ出しみたいに聞こえちゃう
私、子ども扱いされてる感じが、嫌だったんだ
そしてそれは、どっちも悪くないんだよ。
お母さんは古い地図で一生懸命心配してて、
カシコは新しい自分を生きてる。
ただ、地図の更新が、まだなだけ
カシコは、マーブル模様のナゾタマを見た。
イライラは、冷たさの証拠だと思っていた。
でも本当は、大人になった証拠でもあったのだ。
- イライラは大人になった証拠で、罪悪感は大事に思っている証拠。ふたつがセットで来るのは自然なこと。
3. 親との距離は、たき火との距離
実家に帰る回数を増やせば、いいのかな。
それが親孝行って気もするし……
カシコ、たき火にあたったこと、ある?
キャンプで、あるけど……
近づきすぎると、どうなる?
火の粉が飛んでくる
……あ
親との距離はね、たき火との距離なんだ。
近すぎると、ぶつかって火傷する。
離れすぎると、寒くて寂しい
近いほど良いわけじゃない、ってこと。
ちょうどよくあたたかい距離が、
ちゃんとあるんだよ
でも、それってどれくらい?
毎週会うのがちょうどいい親子もいれば、
年に2回が、いちばんあたたかい親子もいる。
それに、季節によっても変わるんだ
カシコの生活が忙しい時期、
親の体が心配になってくる時期。
人生の季節が変われば、
ちょうどいい距離も変わっていく
距離を取る=冷たい、じゃないんだよ。
ちょうどいい距離を探すのは、
火を長持ちさせるための、工夫なんだ
- 親との距離は近いほど良いわけではない。「ちょうどよくあたたかい距離」は家ごとに違い、季節でも変わる。

4. 距離を「決めごと」にすると、少しラクになる
でも、毎回その場で考えると、
またイライラしたり、罪悪感になったりしそう
だからね、距離は決めごとにしちゃうといいんだ
📌 たとえば、こんなふうに。
すぐ返さないこと=愛情がない、じゃないからね。
自分のペースで返した方が、やさしい言葉になるよ
泊まらずに半日だけとか、
家より外でごはんだけとか。
実家に長くいると、人はつい子どもの自分に戻っちゃうからね
心配させそうなことを、そっとしまっておくのは、
うそじゃなくて、思いやりの編集なんだ
なんか、それ聞いたら少し軽くなった。
私、全部ちゃんと話さなきゃって思ってたから
短いお守りのひとことも持っておくといいよ。
『心配してくれてありがとう。今日は大丈夫だよ』
『その話は、また今度にするね』
この前の電話で言えてたら、って思うやつだ
それだけで、小言は少し手前で止まるんだ
親を突き放すためじゃなくて、
新しい地図を、少しずつ渡すためのものなんだよ
そっか。壁を作るんじゃないんだ。
それなら、罪悪感なくできるかも
こう思い出してみて。
『お母さんも、お母さんをやるのが初めて』なんだって
そっか。私が娘を初めてやってるみたいに、
お母さんも、初めてなんだ
お互い、初めて同士。
地図の更新が下手でも、しかたないよね
もし一緒にいて、心がすり減り続けるなら、
うんと離れることでしか守れない関係もある。
それも冷たさじゃないから、覚えておいて
5. 短い返信と、写真一枚
数日後の夕方。
母から、LINEが届いた。
「ちゃんと食べてるの? 野菜も摂りなさいよ」
いつもなら、既読のまま放置するか、
「食べてるって」と、とげのある返事をしていた。
カシコは、少し考えて、
今日の夕飯の写真を一枚、撮った。
豚汁と、ごはんと、ほうれん草のおひたし。

「今日はこんな感じ。おひたし、お母さんのより薄味にできた」
送信して、スマホを置く。
少しして、返事が来た。
「おいしそうね。薄味の方が体にいいのよ。
豚汁、いいわね」
それだけ。
でも、電話で10分話すより、
ずっとあたたかい気がした。
今日の距離は、ちょうどよかったかも)
ふと見ると、テーブルの上のナゾタマは、
ぐるぐると混ざり合っていた渦がゆっくりほどけて、
温かいオレンジ色が、表にふわりと浮かんでいた。
(灰色は、消えてはいない。
でも、もう温かさを塗りつぶしてはいなかった)
たき火は、これくらいの距離で、あたたまる
ここまで読んでくださった、あなたへ。
「親にイライラしてしまう自分が嫌になる」
「冷たくしたあとの罪悪感が、ずっと残る」
電話を切ったあとに落ち込んでいたカシコに、
心当たりがあった方も、いるかもしれません。
でも、距離感に悩むこと自体が、
あなたが親を大事に思っている証拠です。
- イライラと罪悪感がセットで来るのは、どうでもいい相手ではないから
- 親との距離はたき火との距離。近いほど良いとは限らない。ちょうどよくあたたかい距離がある
- 返信のペース・会う時間・話す範囲を「決めごと」にすると、その場のイライラが減る
今日からできるのは、ほんの小さなことだけ。
- 1返信は「翌日でもいい」と、自分に許可を出してみる
- 2次に会う予定は、「半日だけ」「外で」と時間を区切ってみる
- 3イラッとした日は、「たき火に近づきすぎたな」と距離のせいにしてみる
親との距離は、たき火との距離。離れて選んだ距離も、やさしさのうち。
あなたのナゾタマも、温かい色がふわりと表に出てくることを願っています。
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